第10回定期演奏会


10回目の定期演奏会


 GPCにとって10回目の定期演奏会ということで、過去の演奏会を振り返ってみたいと思います。
 それぞれの目玉となった演奏曲目を見ますと、パレストリーナ、モンテヴェルディに始まり、バッハ、モーツァルトやシューベルト、フォーレ、さらにはF・マルタン、J・ラターなどとなっており、ルネッサンス、バロック、古典派、ロマン派、近現代と、かなり幅広く合唱音楽を俯瞰してきたことに気づきます。これにブルックナー、ブラームス、ラヴェル、プーランク、N・ラクールを、さらにイギリス民謡集、黒人霊歌集を加えると、『なるほど!』とご納得いただけるでしょう。
 もっとも、今回のヘンデルをつけ足したとしても、ご来場の皆様からは、「まだまだこの大作曲家もいるよ」とご指摘いただけるはずです。GPCは当面、ジャンルを極端にしぼらず、合唱の世界の拡がり・奥深さを少しでもご紹介できればと考えています。
 ぜひ、アンケートへのご回答や、お知り合いの団員等を通じて私達への語りかけをお願い致します。
 今後とも、ご批評とともにGPCを応援いただきますよう‥‥!!
 本日はご来場ありがとうございました。

ガーデン プレイス クワイヤ団長 村上 弘

ヘンデルとMESSAIAHについて


 ヘンデルは、バッハと同じ1685年にドイツに生まれ、74年の生涯のうちに管弦楽曲、協奏曲、オペラ、オラトリオなどの分野で数々の名曲を残した。今日一般的に知られているのは、「水上の音楽」、「王宮の花火の音楽」、「調子のよい鍛冶屋」そして、キャスリーン・バルトの名唱で一躍有名になった「オンブラ・マイ・フ」などがあるが、正に彼の代名詞ともいえるのが、この「メサイヤ」である。
 オラトリオという様式につちえは、17世紀のカリッシミによって確立され、ヘンデル、ハイドン、メンデルスゾーンへと受け継がれていった。一言でいうと「演奏会形式のオペラ」ということもできるが、宗教的題材を用いることが多く、合唱が重要な役割を担う。
 「メサイヤ」は、ヘブライ語の「メシア」の英語読みで「油を注がれた者」、すなわち「神から選ばれた支配者」を意味する。ギリシャ語では「クリストス(キリスト)」、日本語では「救世主」と訳されている。後世、リストが作曲したオラトリオのように「キリスト」という題名にしなかったのは、もともとオペラ作曲家であったヘンデルが、その延長線上として教会で演奏することを意図していなかったためと思われる。
 テキストは、彼の友人であるジェネンズが旧約聖書と新約聖書から抜粋して作り、第1部は「キリストの降誕の予言とその成就」、第2部は「キリストの受難と贖罪」、第3部は「復活と永遠の生命」という内容になっている。
 作曲のきっかけとなったのは、1741年にアイルランドから慈善演奏会用のオラトリオ作品を依頼されたことによる。その作品は僅か24日間で完成し、初演は翌年ダブリンで行われて大成功を収めた。
 しかし、1743年に行われたロンドン初演は、あまり芳しいものではなかった。それは「新聖オラトリオ」と題された宗教音楽を一般の劇場で演奏することに対する根強い反対があったからである。その心理的なしこりは長く続き、「ヘラクレス」等のオラトリオの不成功も相まって、ヘンデルを苦しめた。その後、「マカベアのユダ」をきっかけに人気を博し、王の依頼による「王宮の花火の音楽」で彼の名声が不動のものとなって、ようやく「メサイア」を上演する環境が整ってきた。今度は一般の劇場ではなく、捨子養育院の礼拝堂で1750年以降毎年演奏されるようになった。慈善演奏会を積極的に行うヘンデルの姿勢と曲そのものの素晴らしさによって、「メサイア」は傑作として認められるようになり、1752年以降は、コヴェント・ガーデンでも毎年演奏されるようになった。彼は、「メサイア」によって晩年に黄金期を築き、後世に名を残すこととなった。
 生涯ドイツを離れることなく活動したバッハに対し、ヘンデルは、様々な国の様々な要素を吸収し並存させた類まれな音楽家である。彼の作品には、ドイツの重厚な構成、イタリアの流麗な旋律、フランスの壮麗な管弦楽が何の違和感もなく調和しており、まさにバロック音楽の集大成ともいえる。
 本日の「メサイア」が、250年の時を越えて私たちに感動を与えてくれることを願ってやまない。