第25回定期演奏会


プログラムノート


ハインリッヒ・シュッツ

 マニフィカートとは、聖母マリアが神に受胎を感謝するルカ伝1・46-55から歌詞をとったもので、 その冒頭語が"Magnificat"から始まることから、こう呼ばれるが、この曲は歌詞がドイツ語から成っているので、 特にドイツマニフィカートと称されている。ドイツマニフィカートは他にも存在し、特にブルックナーのものが有名である。 作曲者のハインリッヒ・シュッツは、もちろんドイツ人ではあるが、若き日にイタリアで学び、 当時のイタリアの音楽技法を自分のものにしていき、ドイツ的に昇華させていった。 その意味で、「ドイツ音楽の父」と評されることもある。曲は二重合唱。つまり八声部からなっている。 通常二重合唱といえば、二つの声部の掛け合いに妙があることが多いが、この曲に関していえば、 次々と耳に飛び込んでくるシンプルではあるが美しいメロディを追いかけて聴いていただくことをお奨めする。 それほどまでに、シュッツは各声部に美しいメロディを与えている。 ある意味では、歌い手にとっても歌い甲斐のある曲である。とはいいながらも、 曲の終盤で神への祈りをたたみかけていくくだりにあっては、シュッツらしさが出ているといえるかも知れない。(岩崎)

クラウディオ・モンテヴェルディ

  日本史でいえば戦国時代の終わり、革命家織田信長が美濃を平定し京都に上洛せんとしていた頃の1567年。 はるか西方の地中海に突き出た長靴の付け根部分。ヴァイオリンの聖地クレモナで、 西洋音楽に革命をもたらした一人の巨人がこの世に生を受けた。
 ルネサンス音楽に引導を渡し、バロック音楽への道を拓いた作曲家、クラウディオ・ジョヴァンニ・アントニオ・モンテヴェルディ[Claudio Giovanni Antonio Monteverdi (1567 - 1643)]。時の移り変わりが川の流れのようなものだとすれば、 音楽の歴史においては、フランドルからパレストリーナに至るルネサンス音楽の全ては、 「モンテヴェルディ」という大きな湖に一度流れ込み、バロックという新しくより豊かな流れに姿をかえ、 現代の私たちにクラシック音楽を届けてくれている、と言うことができる。
  誰に命じられたわけでもなく、己の美意識と時代が真に求めている「何か」に対し真摯に向き合い、 旧弊を打破し新しい価値観を創造する。巨人に何がそこまでさせたのかは私たち凡人には計り知れず、 ただただ彼の強い意志と情熱を感じるのみ。たいしたものだな、と。
 モンテヴェルディの職業音楽家としての活動期は、オペラ「オルフェオ」や、「聖母マリアの夕べの祈り」を作曲した前半の"マントヴァ時代"と、 サン・マルコ聖堂の楽長を務め、「倫理的・宗教的な森」を出版した"ヴェネツィア時代"の二つに区分され、 それぞれ求められた社会的立場に応じながら、後世に残る作品が生み出されていった。
 そして、その生涯を通じて創作され、モンテヴェルディの作風の変化を一貫して伝えてくれるのが、 「マドリガーレ」(16世紀のイタリアで生まれ、その後広くヨーロッパに広まった多声世俗声楽曲の一形式)である。 モンテヴェルディのマドリガーレ集は生前第8巻まで出版され、それらを年代順に聴いて行くだけでも、 ルネサンスからバロックへと変わる時代様式の特徴を、把握することができるといわれる。 第1巻から第4巻までは比較的古典的なイタリア・ルネサンスの様式を用いて書かれていますが、 今夜演奏します第4巻に含まれている曲の中にも、随分と大胆な半音階や和声を用いた表現が使われている。 モンテヴェルディは、多声的で「音楽が詞の上に立つ」従来の様式を「第一の技法」と呼んで決別し、 第5巻以降はより劇的な表現を可能とする新しい様式である「第二の技法」を主張しながら、 その先にバロック音楽の道を拓いて行ったのである。
 革命家モンテヴェルディ自身が残した音楽と、そして彼を基点に再び流れ始めた音楽史の大河の中に、 その後数多く実を結んだ果実。21世紀に音楽を楽しむ私たちにとってそれらは大きな恵みとなっており、 つくづくありがたいことだと思う。
今夜GPCがお届けするのは、マドリガーレ第4巻から日本でも比較的よく演奏される名曲ばかりを選んだ5曲です。 歌詞の内容は、いずれも愛だの死ぬだの、きわめて情熱的な恋の歌で、現代人の感覚では気恥ずかしいくらいですが、 曲ごとに編成をかえて歌うなどして、少しでもモンテヴェルディの世界に迫りたいと思います。(骨子)

ジョバンニ・ガブリエリ

 ジョバンニ・ガブリエリはイタリア人で、シュッツの師匠にあたる。曲名の"In ecclesiis"は、「いと高く祝福された主」の意。 曲は、独唱・合唱・管楽器・通奏低音の、いわばコラボレーションである。彼は時代的には、合唱が音楽の主流であった ルネッサンス期にあたるが、器楽が主流となるバロック期の音楽の胎動も感じさせてくれる。 曲全体を支配する劇的な表現は、彼の真骨頂といえよう。(岩崎)

イーゴリ・ストラヴィンスキー

 ロシア生まれの作曲家。「シェエラザード」で有名なリムスキー=コルサコフに師事した。 作風は、初期の「原始主義」、中期の「新古典主義」、後期の「音列技法」に区分される。 バレエ音楽「火の鳥」で名声を確立、その3作目となる「春の祭典」のパリ初演では、一大センセーションを巻き起こした。 指揮者としての活動も積極的に行い、1959年には来日してNHK交響楽団を指揮し、「火の鳥」などを演奏した。
クラシック音楽の伝統にとらわれず、不協和音や変拍子を多用した作風を特色としながらも、 新古典主義の最後には、ローマ・カトリックの伝統に基づく「ミサ曲」を作曲している。 1948年、アンセルメの指揮により、ミラノ・スカラ座で初演された。合唱パートのソプラノとアルトには児童合唱を指定し、 伴奏も二重の管楽五重奏のみということで、極めてストイックな作品に仕上がっている。 ちなみに、管楽器伴奏によるミサ曲としては、ブルックナーのミサ曲第2番が知られている。 また、ほぞ同時期に作曲されたコダーイの「ミサ・ブレヴィス」と聴き比べてみるのも一興だろう。
先に演奏する「パストラール」は、1907年に作曲された「ソプラノとピアノのための無言歌」が原曲となっており、 ストラヴィンスキーにしては珍しく愛らしい作品に仕上がっている。 編曲の過程で小節数が増えて、演奏時間が1分ほど長くなっている。 ほかにも2つの編曲版があることを考えると、作曲者のこの作品に対する愛着が窺える。(山口)