第19回定期演奏会


Totus Tuus(Henryk Mikołaj Górecki)


 ヘンリク・ミコライ・グレツキはポーランド生まれの作曲家で、10年近く前、ソプラノ独唱付きの交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」が、いわゆる“癒しの音楽”としてかなりブレイクした。聞くところによるとグレツキは、それまでほとんどポーランドから出たことが無かったのが急に世界中を飛びまわるはめになり、かなりとまどったという(真偽の程は明らかではないが)。“Totus Tuus” は1987年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世のポーランド訪問を記念して行なわれたミサのために作曲された作品。最初から最後まで4声の縦が揃った完全なホモフォニックな中で、時に激しく、あるいは切々と、聖母マリアへの祈りが歌われる。(N.T.)

Mass in G minor(Ralph Vaughan Williams)


 4人の独唱者と二重合唱のためのア・カペラ作品で、16世紀の宗教改革以前のイギリス教会音楽を彷彿とさせる古風な仕上がりになっている。実際のミサでは、1923年にローマ・カトリックのウェストミンスター大聖堂でリチャード・テリーの指揮で初演された。当時は、まさにそのテリーの尽力によって、ルネサンス時代のイギリス教会音楽がリヴァイヴァルしていた時期にあたる。この古風なミサ曲もその時流に呼応したものと言える。
 ヴォーン・ウィリアムズは、古い教会旋法を自由に取り入れ、さらにイギリス・レネサンス音楽独特の「対斜」の技法を巧みにちりばめている。これは、あるパートで歌われた音が、その直後に別のパートでは半音化した音で歌われ、一種の不協和音の効果を生み出す技法である。さらに、第1転回形の和音(下からドミソではなく、ミソドのように配置した和音)を連続させたり、トーソのようにミの抜けた空虚5度の和音を連続させる書法も、中世の音楽を彷彿とさせる。しかし、古風な書法がフルに活用されているにもかかわらず、それらが見事に「現代音楽」へと昇華されているところが、ヴォーン-ウィリアムズならではと言えるのではなかろうか。(J.R.)

Quatre motets pour le temps de noël(Francis Poulenc)


 フランシス・プーランクは、反印象主義である「フランス6人組」の一人であり、1899年にフランス・パリに生まれた。元々信仰心の厚い家柄であったが、36歳のときに親友を自動車事故で亡くしてから宗教的な作品を多く書くようになっている。今日演奏する「クリスマスのための4つのモテットは1951~52年に作曲されたもので、プーランク52~3歳のときの作品である。 歌詞はラテン語で「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」の中のイエス生誕にまつわるシーンがベースになっている。比較的プーランク作品の中では日本でも演奏される機会が多く、ガーデンプレイスクワイヤの定期演奏会でも以前取り上げているが、冒頭の神秘的な響きから終曲の救世主生誕の喜びにいたるまで、プーランクの魅力が余すところなく表現された傑作の一つである。(T.S.)

アヴェ・マリア集(マリア賛歌)


 インターミッション後の後半は、聖母マリアへの祈りの中でも最も有名な“アヴェ・マリア”を集めてみた。“アヴェ・マリア”は、新約聖書の「ルカによる福音書」の中の天使ガブリエルによる受胎告知と聖エリザベトの祝福の言葉から詞を採られており、グレゴリオ聖歌から現代にいたるまで文字通り全ての時代において、実に多くの作曲家達に曲が付けられている(中にはシューベルトの“アヴェ・マリア”のように全く違った歌詞を採っているものもあるが)。その中で、まずはピアノ協奏曲などで有名なロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフ Sergei Rachmaninoffの作品から。これは1915年に作曲された無伴奏合唱曲「晩祷」op.37 の中の6曲目で、ロシア語で歌われているものをラテン語に置き換えたもの(詞の内容は同じ)。いかにもロシアといったような重厚な和音がうねる音楽が心を打つ。続いてスペインのバスク地方の現代の作曲家ハビエル・ブスト Javier Bustoの作品。ブストの作品は近年日本でも多くの合唱団に歌われ、その素朴で美しい響きは多くの人の心を捉えているが、1980年に作曲された“アヴェ・マリア”は代表作として最も人気のある曲である。外科医であり、また敬虔なクリスチャンである彼の曲は、何のてらいも無く静かに心に響く。カール・オルフ Carl Orffは「カルミナ・ブラーナ」等で有名なドイツの作曲家・音楽教育家。1912年から1914年にかけて作曲された“アヴェ・マリア”は、彼がミュンヘンでの学生時代に作曲されたもので、音楽辞典の権威 “The New Grove” にも掲載されていない習作的な扱いの曲ではあるが、ユニゾンの使用の仕方や和音のシフトなど、後の彼の作品に繋がるような要素が随所に見られる。一転して女声合唱によるハンガリーの作曲家コダーイ・ゾルターン Kodály Zoltán(ハンガリーでは日本同様、姓・名の順に表記される)の作品。コダーイは、バルトークとともに民謡を大量に収集することによってハンガリーの民族音楽を研究し、また子どものための教育的作品を数多く作曲し、コダーイ・システムと呼ばれる音楽教育法を作り上げるなど、ハンガリー国内はもとより世界中の音楽教育に影響を及ぼす偉大な業績を残した。1935年作曲の“アヴェ・マリア”もその一連の作品の一つで、シンプルだが深い内容で味わいのある傑作。そして最後は時代を3世紀以上遡って、ルネサンス期のスペインの大家トマス・ルイス・デ・ビクトリア Tomás Luis de Victoriaの作品。ビクトリアの“アヴェ・マリア”には、合唱曲の“アアヴェ・マリア”としては最も有名といってよい4声の曲もあるが、今宵演奏するのは、1572年に作曲された8声(2重合唱)の曲。2群の合唱が掛け合いながら、最後に向かって次第に高まってゆくこの曲は、4声のものに勝るとも劣らない非常に充実した内容を持っている。なお1600年にオルガン伴奏付きでも出版されているが、本日は無伴奏で演奏する。(N.T.)

Spem in alium ~私の希望をあなたのほかには~(Tomas Tallis)


 5声のコーラスが8群、合計で40声という圧倒的なモテット。こういう編成はトーマス・タリスの時代でも例がなく先駆的だったという。1573年にエリザベスI世の40歳の誕生を祝って作曲されたという説がもっともらしいが、推測の域を出ていない。
第1群のアルトとソプラノの二重唱で始まり、だんだん声部が重なってきて重厚なハーモニーが会場全体を包み込んでいく。そして全ての群で神への呼びかけを歌ったあと、歌声は次第に群を移っていく。今日のコンサートでは会場を囲むように合唱団を配して演奏するため、サラウンドな響きをお楽しみいただけることと思う。
聴きどころとしては、2群ごとの掛け合いや、印象的な3回のゲネラルパウゼである。一瞬の静寂の後に全群が一斉に神への賛美を歌い上げる。教会のステンドグラスから射し込む光が、高いドーム天井の中でキラキラと反射するような雰囲気を、この会場に作り出したい。(H.M.)